一章:初めに
時代とともに子供の教育事情は様変わりしている。1970年代~1980年代は子供の習い事などは、せいぜい近所のそろばん・ピアノで親は忙しく仕事をしていた時代だった。そこから半世紀後、親は子供の教育に積極的にかかわり、子どもの習い事に掛ける教育費は増加している(都村2018)
。
図表1 長子の学校段階別・学校外教育費の分布(2018) 出所:家計の学校外教育費支出構造の変化、神戸学院大学P65
そのような中、2020年からプログラミングが義務教育に導入された。文部科学省は下記のようにその目的を掲げている。
プログラミング教育で育む資質・能力について、【知識及び技能】身近な生活でコンピュータが活用されていることや、問題の解決には必要な手順があることに気付くこと。 【思考力、判断力、表現力等】発達の段階に即して、「プログラミング的思考」 を育成すること。 【学びに向かう力、人間性等】発達の段階に即して、コンピュータの働きを、 よりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を涵養すること。 文部科学省初等中等教育局学校デジタル化プロジェクトチーム(2020)小学校プログラミング教育の手引き(第三版)p9
一方、アメリカでは、オバマ大統領が2014年の一般教書演説の中でSTEM 教育(Science、Technology、Engineering、Mathematics)の重要性を説いている(ホワイトハウス執務官室、2014)。2016年にはすべての子どもたち、特に女児やマイノリティの子どもたちがコンピュータサイエンスを学ぶ機会が得られるようにすることを目指し、40億ドルを拠出する3カ年計画は「Computer Science for All」と呼ばれるもので、教員の研修、教室の確保、教材の開発のための資金を州に提供する。
「すべての子供たち、特に女の子やマイノリティーがコンピューター サイエンスを学ぶ機会を確実に得られるようにするための計画を立てました。それは、コンピュータ サイエンス フォー オールと呼ばれています。そして、それは文字通り、アメリカのすべての学生に、新しい経済で成功するために必要なスキルを早期に習得できるようにすることを意味します。」(ホワイトハウス執務官室、2016)
コンピュータサイエンスとは、アルゴリズム、データ構造、グラフ理論、データベース、離散数学、ハードウェアの仕組みなど、コンピュータに関する基礎からハイレベルな内容まで体系的に学習できる学問である。プログラミングはコンピュータサイエンスの一つのカテゴリー・手段に過ぎないので、プログラミングを使って何がしたいかという目的があって初めて生かされるのであり、STEM教育もまたしかりである。6年前からゴール(経済で成功する)を示し実現のための財源を確保しスタートしているアメリカと、コロナ流行によって重い腰を上げざるを得なかった日本。2018年~2022年の5年間で学習用コンピュータとして3クラスに1クラス分程度の整備を進めるとしていた(文部科学省、2018)計画だったが、コロナ流行で事態は急変し2019年12月にはGIGAスクール構想を掲げ1人1台端末環境を「スタンダード」とした(文部科学省 2019年)。このように日本の場当たり的な教育指針に振り回されていく子供たちが自律的に世界を目指す目標をもつには、幼いころから校外体験としてFLL(First Lego League)のような海外主催の競技会に挑戦していくことは有効と考える。なぜなら、世界大会に出場となれば日本のファイナリストとして、世界のファイナリストと積極的にコミュニケーションを取り、様々な国の人々と理解し合い協働していく機会を得、その活動の中で、世界の中の自分を客観視し「こうしたい」という目標が明白になるからである。
そこで、今回は実際にFLLに挑戦してきた保護者へのアンケートから子供たちの意識に与えた変化を検証していきたい。
2章 FLL(First Lego League)とは=他のロボット大会との違い=
FLL Challengeは9歳~16歳の青少年を対象とした世界最大規模の国際的なロボット競技会。1998年に米国のNPO法人「FIRST」とレゴ社によって設立され、日本では2004年から開催されている。現在、世界110カ国、約67,000チームが出場しており、毎年世界大会が世界数ヶ所で行われている。2008年にはアジア初の世界大会が東京で開催された。競技は自律型ロボットで2分30秒の間にミッションの攻略を目指す『ロボットゲーム』と「イノベーションプロジェクト」「ロボットデザイン」「コアバリュー」の3分野の『プレゼンテーション』で構成される。「イノベーションプロジェクト」では毎年大会から出される社会的なテーマ(貧困、水、宇宙、輸送、エネルギーなど)に対する研究活動(必ず専門家の意見を伺い、その中から問題点を見つけイノベーションを考えだす)を行い、問題解決策を提案。解決策は夢物語ではなく科学的な裏づけのあるもので、検証実験をしたり試作品を作ったり見積もりをも提示する。さながら社会人の企画プレゼンである。子どもたちが科学技術に親しみながらチームで取り組むFLLの活動は、プログラミング教育、アクティブ・ラーニングの実践であり、世界中の教育機関で導入されている。FLL Exploreは6~10歳(日本では小学1年~3年)までの子どもたちに楽しくSTEM教育を学んでもらうためのもの。毎年のテーマはChallengeコースと同様だ。動くレゴモデルとポスターを使って、調べたことや新しく発見したことを発表する。チームメンバーは FIRSTのコアバリューを学び、お互いを尊敬し、話し合いながらチームワークを育てていく。教育的効果としては、数か月間のチーム活動を経験することで、コミュニケーションの重要性を知り、協調性や論理的思考、討論の仕方、スケジュール管理といった今後の人生において必要なスキルを育む。またシーズンテーマを探求することで、世界の諸問題、科学の重要性、国際協力、様々なコミュニティとの関わりの必要性を学び、社会性を身につけていく(NPO法人青少年科学技術振興会2022)。他のロボット大会が競技のみのイベント的なものが多い中、企業も友好的に協力し社会全体で子供たちに関わる競技会である。シーズンテーマは持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)にもかぶる。
3章 仮説:
仮説1: FLLのように長時間をかけて皆で一つの目標に向かって完成させる競技会に挑戦することは、達成感や自信が生まれ成長に対する効果が大きい
FLLは8月から始まり12月の地方予選会までで①Challengeコース:ロボット競技と3種のプレゼンテーション②Exploreコース:テーマ学習をポスターにまとめモデルつくりとプレゼンテーションを仕上げる。初めて顔を合わせた友達と一緒にコミュニケーションを取りながら作り上げていく間には、色々な困難がありトラブルがあることを想像できる。がそれを乗り越え共に予選会を迎えたその達成感が、自信につながるのではないだろうか。
仮説2: 全国大会へコマを進めた時の方が子供の成長へ効果が大きい
小学校で社会の教科は3年生から始まり、日本地図で都道府県を学ぶのは4年生からである。家族旅行で各地を訪ねてもその土地の小学生との交流はない。が、FLL全国大会ではその地方大会を勝ち進んだ小学生が一堂に会するのである。ロボット競技会の醍醐味の一つに[交流]といって他のチームブースに行って解決策を質問・名刺交換をしたり、逆に自分のブースに来た人たちの質問に回答したりという活動がある。世の中に自分たちのように頑張ってきた子供たちがこんなにたくさんいることに驚き、自分たちが思いもよらなかった解決策を考えたことを互いに賞賛する。プレゼンテーションでは目の前の審査員に対して、覚えてきたプレゼンテーションを披露する。 challengeコースではロボット競技が行われ、複数の他チームとともに同じ空間で一斉に競技が開始、審判され得点が表示される。ギャラリーもたくさんいる中での緊張感は何とも言えない。本場さながらのエンターテインメント性を感じる競技アナウンスや音楽に包まれて競技をする臨場感は、味わった人しかわからない高揚感がある。地方大会勝者として全国大会に出場できた経験は子供たちに与える効果が大きいのではないだろうか。
仮説3: 全国大会がオフラインの時の方が子供の成長に対する効果が大きい
オンラインではこの交流ができない。オンラインでの他チームとの関りはPC越しである。いつもの教室からPC 越しの審査員と対峙するプレゼン審査では緊張感はある程度少ないのではないだろうか。非日常的なロボット大会を実際に味わうことはオンライン大会よりも効果を実感するのではないだろうか。
仮説4:世界大会に出場したことでより子供を成長させる
世界の子供たちも自分たちと同じであるという認識が持てる。なんせ飛び交う言語は他国語である。どこに行って何を行うのかすら主催者に聞かなければわからない。五感をフル活動して日程をこなしていく。その不自由さ。しかしながらウェルカムな空気も濃くある。世界大会は、頑張ってきたお互いを賞賛しようという意味合いもあり、「協働」とは、フェアに戦うとは何なのかの意味に気付かされる。同じ日本人で世界で活躍する子供たちに会うことも更に飛躍の目標が出来るのではないか。
仮説研究方法=アンケート=
FLLへの参加経験のある9チーム延べ27名(複数回出場者あり、兄弟参加あり、FLL challengeコース参加2チーム、FLL Explore コース参加7チームを含む回答)を対象としてアンケートを実施した。実施方法はアンケート文書をメールおよび郵送し返送を要望した。アンケート内容は全28問(①ロボット教室ご入会に関する質問3問・②FLLに参加しようと思ったきっかけについて2問・③FLLの活動内容について8問・④全国大会の出場について6問・⑤世界大会出場について3問・⑥基本情報等6問とし、選択項目から複数回答もしくは記述式で構成。実施期間は20022/12/15~2023/1/10。アンケート回答率は73.5%(25名/34名*延べ人数)となった。※アンケートは巻末添付
4章 アンケート結果
①FLLのように長時間をかけて皆で一つの目標に向かって完成させる競技会に挑戦することは、達成感や自信が生まれ成長に対する効果が大きいを検証
参加者の42%が子供のやりたいという気持ちを尊重しFLLへの参加を決めたことがうかがえる。FLLの活動についての感想で「楽しかった」とともに「思ったより大変だった」が30%に上る。FLLの活動の中で大変だったことは「日程調整に関すること」29%、「モチベーションの維持」「プレゼンテーションの練習」が24%と保護者として乗り越えるべき山が存在したことがうかがえる。がしかしその効果として、「自信がついた」、「視野が広くなった」が共に24%、「発表が自信をもってできるようになった」が22%と回答。その結果、「参加してよかった」と答える保護者は100%である。よかった点として「親子で(父も母も子供も全員で)一つの目標に向かって色々なことにチャレンジする機会はなかなかないので家族全員で共有できる達成感と良い思い出ができた」「チームで協力し目標に向かって色々成し遂げることが出来た」「学校ではなかなか学べない、問題解決力やコミュニケーション能力等多くの面で学べた」「試行錯誤しながら課題を改善解決していく力が身についた」等の感想が寄せられた。以上から【仮説1:FLLのように長時間をかけて皆で一つの目標に向かって完成させる競技会に挑戦することは、達成感や自信が生まれ成長に対する効果が大きい】は実証された。
②全国大会出場が子供に与えた効果をオンライン・オフラインでの違いも含め保護者感想から検証
FLL全国大会に出場したのちのお子様の様子として67%の保護者が、「子供に自信がついた」ことを実感している。それがオフラインとオンラインでは参加した感想に違いが出た。オンラインでは「他のチームの様子がわからなくて残念」「臨場感がなくリラックスできる」という感想とともに20%が「楽しかった」と答えた。オフラインだと「楽しかった」は38%と数字が大きくなり、「感動した」という感想が42%に上る。「色々なことに興味がわいた」13%等オフラインならではの回答もみられる。やはりリアルな交流経験は、より大きな感動となり、その後の子供たちの自信も大きくなるのだろう。この結果から【仮説2:全国大会へコマを進めた方が子供の成長への効果は大きい】【仮説3:全国大会がオフラインの時の方が子供の成長に対する効果は大きい】は実証された。
③世界大会出場が子供に与えた効果を保護者感想から検証
FLL世界大会に出場した後の子供の様子では「より自信がついた」50%、「より色々なことに興味がわいた」が40%、「自信がついた」24%、「視野が広くなった」20%、「くじけない粘り強さが育まれた」16%と回答している。これらのことから【仮説4:世界大会に出場したことでより子供を成長させる】は一定割合の生徒に複数の効果を与えていることが実証された。
5章 結び
本研究により、仮説1「FLLのように長時間をかけて皆で一つの目標に向かって完成させる競技会に挑戦することは、達成感や自信が生まれ成長に対する効果が大きい」、仮説2「全国大会へコマを進めた時の方が子供の成長へ効果が大きい」、仮説3「全国大会がオフラインの時の方が子供の成長に対する効果が大きい」、仮説4「世界大会に出場したことでより子供を成長させる」を検証することが出来た。今回のアンケートを基にした考察は、6年間1教室でFLLに参加した方々の回答のみだったが、その回答率は75%とアンケートとしては高い回答率を得た。もっとも、今回は保護者アンケートだけから検証を行った。FLLの小学1年生~3年生のExplore部門での参加が全体の8割を占めるため、親が共同で参加するFLL Exploreが中心となってしまった。4年生以上のChallengeコース参加者が多く本人へのアンケートが取れれば、本人の意識として将来をどのようにとらえたかがわかり良かったのではと思う。次回は保護者だけではなく、生徒本人へのアンケート調査も行いたい。
参考文献
都村聞人(2018) 家計の学校外教育費支出構造の変化 ―SSM-2005・SSM-2015 を用いて、神戸学院大学P65(2023年1月12日閲覧)
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/2015SSM-PJ/04_04.pdf
文部科学省 初等中等教育局学校デジタル化プロジェクトチーム(2020) 小学校プログラミング教育の手引(第三版)p9(2022年12月26日閲覧)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1403162.htm
the WHITE HOUSE PRESIDENT BARACK OBAMAホワイトハウス報道官室(2014) 一般教書演説における大統領の発言 (2023年1月15日閲覧)
the WHITE HOUSE PRESIDENT BARACK OBAMA ホワイトハウス報道官室(2016) バラク・オバマ大統領の発言 – 一般教書演説 (2023年1月15日閲覧)
https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2016/01/12/remarks-president-barack-obama-%E2%80%93-prepared-delivery-state-union-address
the WHITE HOUSE PRESIDENT BARACK OBAMA ホワイトハウス報道官室 (2016)毎週のアドレス: すべての学生にコンピューター サイエンスを通じて学ぶ機会をすべての人に提供する (2023年1月23日閲覧)
文部科学省(2022) 学校におけるICT環境の整備について(教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018(平成30)~2022年度)(2023年1月21日閲覧)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1402835.htm https://www.mext.go.jp/content/20230116-mxt_shuukyo01-100003166_002.pdf
文部科学省(2019) 文部科学大臣メッセージ(2023年1月23日閲覧)
https://www.mext.go.jp/content/20191225-mxt_syoto01_000003278_03.pdf
NPO法人青少年科学技術振興会(2022)ホームページ(2023年1月12日閲覧)
資料1:アンケート用紙 資料2:アンケート集計結果